Translate

2013/05/03

幻の湖

録画した日〔2013/1/1:日本映画専門チャンネル〕

昭和57年9月に公開された、滋賀県琵琶湖を舞台とするSFサスペンス映画。
監督は脚本家として「羅生門」「砂の器」「八甲田山」などの傑作を生み出した橋本忍。“東宝創立50周年記念作品”と銘打たれた超大作です。
主演はオーディションで選ばれた新人女優の南條玲子。
日本有数の歓楽街・雄琴にある、戦国時代がコンセプトの高級店「湖の城」に勤務するソープ嬢役です。(当時の呼称は”トルコ嬢”)
南條玲子の源氏名は「お市の方」。その他のラインナップは、ちょっとキツい先輩・かたせ梨乃が「淀君」、正体が秘密諜報部員のアメリカ人が「キリシタンお美代」といった所。
それにしても50周年記念のメイン舞台がなぜに雄琴のコスプレ系高級ソープなのか?
名門映画社・東宝の上層部は、ネジが2、3本ブッ飛んでいるか雄琴のお店に弱みを握られているかのどちらかでしょう。
ソープ嬢・南條玲子の生き甲斐は、愛犬のシロと琵琶湖の周りを走ること。
マラソン大会に出るなどの競技志向はないものの、賢いシロに導かれスピードとスタミナの極限まで自分を追い込むのが日課です。
しかし、そんなシロと南條玲子の日々は悲劇により突然の終止符。琵琶湖の砂浜でシロは何者かに殺されてしまいました。
小さな骨壷を抱え怒りに震える南條玲子は、犯人探しのために東京へ乗り込むことを決意します。
東京で愛犬殺害犯として浮かび上がったのはヒーリング系の作品を何枚かリリースしているミュージシャン。
南條玲子はさっそくその男のスタジオに乱入し、凶器に使われた出刃包丁で面会を要求します。
しかし、冷静な受付嬢の荒木由美子にスカされナシのつぶて。憎っくきシロの仇へのアプローチがどうしてもできません。
南條玲子のそんな手詰まり状態を救ったのは元同僚のアメリカ人ソープ嬢「キリシタンお美代」。雄琴のお店を退職し、本業の秘密諜報部員として東京で働いていました。
キリシタンお美代は最新のコンピュータを駆使してミュージシャンの個人情報をあっという間に入手。南條玲子へ照会します。
ちなみにアメリカの美人秘密諜報部員がなぜ雄琴で働いていたのかはよく分かりません。
キリシタンお美代の情報を元に目黒区青葉台のマンション前で張り込む南條玲子。
そこにまんまと現れたヒゲ面ミュージシャン(光田昌弘という役者さん)は、なんと偶然にもジョギングが日課のようでした。
ようやく見つけたシロの仇。
大噴火寸前の南條玲子は、自らの得意フィールドでもある「走り」で堂々ストーキング。なんにも知らないヒゲミュージシャンに勝手にガチンコ勝負を仕掛けます。
一気呵成に攻め立てたい南條玲子でしたが、序盤の段階でハアハアゼエゼエの失速モード。
空気の澄んだ琵琶湖を主戦場にしている南條玲子にとって、都内幹線道路の排ガス汚染は想定外の足かせになってしまったようです。
苦しみながらもド根性でヒゲミュージシャンに食らい付く南條玲子。
駒沢オリンピック公園で執念の最大接近に成功したのですが、びっくりしたヒゲミュージシャンは猛ダッシュで逃走。あと少しの所で南條玲子は仇討ちに失敗してしまいました。
しかしまあこの結果は当然。真昼間に半袖短パンリュックサックの女に追いかけられたら、いくら美人だとしても誰だって全力で逃げ出します。
傷心の南條玲子はホームタウン雄琴へ帰還。そこで前々から脈のあったイケメン銀行員・長谷川初範のプロポーズを受けます。
ちなみに、南條玲子が長谷川初範の銀行に預金している額はなんと1800万円です。
一転して順風満帆となった南條玲子ですが、意中の人はちゃっかり別にいました。
その男は琵琶湖の畔でたまにピーヒャラと笛を吹いていたアーティスト系男子(隆大介)。
アメリカ航空宇宙局=NASAの「宇宙パルサー」とかいう肩書きも持つこの笛吹き野郎は、琵琶湖に眠る戦国時代の悲劇を延々と語り始めます。
そしてこの笛吹き男の語りをキッカケに、いきなり戦国系の再現ドラマへ突入。
20分近くの良く分からんカットに登場したメンバーは北大路欣也、関根恵子、星野知子、大滝秀治と超豪華なものでした。
この段階で上映時間は2時間超。「最初から全部この面子でやれよ」、犬も喰わないクソストーリーにダラダラ付き合わされている誰もがそう思った事でしょう。
長谷川初範との結婚を機に笛吹き男およびソープ嬢稼業から身を引くことを決意した南條玲子ですが、最後のお勤めで驚天動地の再会劇が待っていました。
なんとシロの仇・ヒゲミュージシャンが、東京から遠路はるばる雄琴にピンク遠征。いやらしい方向での「一騎打ち」が緊急実現です。
もちろん南條玲子は怒りに震えてお客様サービスを完全拒否。それどころかシロの命を奪った凶器の出刃包丁でヒゲミュージシャンを襲撃します。
慌てて店外に逃げ出すヒゲミュージシャンとそれを追う南條玲子。因縁のマラソン対決第2弾・琵琶湖ラウンドの火蓋が切られました。
排ガス汚染に悩まされた東京ラウンドから、勝手知ったる地元ラウンドへ持ち込んだ南條玲子。
「お市の方」のコスプレのまま走るという動作的&精神的ハンデを持ち前の根性と地の利でカバーし、仇敵・ヒゲミュージシャンに肉薄します。
殺生の報いとはいえ、トホホの一語に尽きる不遇のヒゲミュージシャン。
120%のエロ気分で臨んだお楽しみタイムはブチ壊し。それどころか出刃包丁を持ったコスプレソープ嬢との理不尽長距離マラソン決戦に駆り出されるという最悪の雄琴遠征となってしまいました。
エンドレス耐久マッチの様相を呈した琵琶湖ラウンドですが、名所・琵琶湖大橋上でヒゲミュージシャンが追い越されて遂に決着。
執念の南條玲子が地元琵琶湖で愛犬シロの仇討ちを成就しました。
「勝ったぁ勝ったわよぉ!」と琵琶湖全域に轟く勝利の咆哮をブチ上げた南條玲子は、そのついでに出刃包丁でヒゲミュージシャンを一刺し。ライバルをマラソン業界から永久に葬ります。
いちおうの勧善懲悪エンディングを迎えたかに見えたクソ映画。しかしそこへ、スペースシャトル発射の爆音とともに宇宙服を着た琵琶湖の笛吹き男が突如カットインします。
そういえばこの笛吹き男、「宇宙パルサー」として近々大気圏外に行くとか何とか言ってました。
はるか宇宙から愛用の笛を琵琶湖にかざす宇宙パルサー。その意味を何だか小難しくゴチャゴチャ言ってましたが、この時点で上映時間が2時間40分を超えているのでそれを理解しようとした人はいないでしょう。
兎にも角にも、ソープ街雄琴を舞台とした東宝50周年記念ヨゴレ映画はまさかの壮大な宇宙中継でその幕を閉じました。

なぜか「カルトムービー」にカテゴライズされている東宝50周年記念映画。
ロケ地の琵琶湖、雄琴の風景がこれでもかと映し出され、周辺地域の方々にとっては嬉しいストーリーだったはずです。
しかしWikipediaによるとホームタウン滋賀県での上映は無し。それどころか都市部でも20日足らずで公開中止という業界の無情の洗礼を受けたとの事でした。
史上屈指のアホバカ映画という評判のもとに観賞したのですが、私の想定を軽く超える強烈無比なアホバカっぷり。2度に渡るマラソン対決は、古今東西のシュール系芸人が束になっても敵わない抜群の出来栄えといえるでしょう。
この壮大な失敗作により、日本映画を代表する脚本家であった橋本忍さんは事実上の引退を余儀なくされてしまったそうです。
巨匠の超大作という評判のもとに当時映画館で鑑賞した方々はつくづくご愁傷様。
しかし、あらゆるエンタメ要素が氾濫している現代なら間違いなく評価されるはず。幸か不幸か時代を30年先取りしてしまった超娯楽巨編でした。