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2014/02/11

グリーン・シネマ「花の大障碍」

録画した日〔2013/12/10:グリーンチャンネル〕

昭和34年に公開された競馬映画。
「ハヤテ」というサラブレッドが中山大障害(春)を制覇するまでの軌跡が描かれます。
ダービー馬・トキノミノルへのオマージュ「幻の馬(昭和30年)」と同じ製作陣が参画したこの作品。
「ハヤテ」に実在のモデル馬はいないようですが、大正義・日本中央競馬会(JRA)の全面協賛を取り付けたのは4年前と同様です。
そして今回は、JRA本丸により深く踏み込んだ舞台設定、ストーリーとなっています。
メインのロケ地は府中の東京競馬場。美浦トレセンがなかったこの時代は、ここに関東馬の厩舎がありました。
今から55年前のリアル「競馬村」で繰り広げられる人間ドラマ。
だいたい想像が付くストーリーはともかく、総天然色で映し出されるそのディティールに興味が尽きません。
装鞍所のような実務施設から、たばこ屋、馬頭観音といった生活区域まで隅々ロケに開放された府中の杜。
ジョッキーや関係者が自転車で行き交うのは今も同じですが、厩舎2階からのレース観戦は当時ならではの光景といえるでしょう。
厩務員の娘・若尾文子と新進ジョッキー・川口浩のフレッシュカップルは「庭」である本馬場大ケヤキの下で逢引き。
競馬ファンからすれば夢の様なデートに見えますが、2人の話はハヤテの次走がうんぬんかんぬん…。
競馬村ならではのアツい愛の語らいです。
その若尾文子の父親・志村喬がこの作品の実質の主人公。
馬にイレ込むあまり奥さんには逃げられ、周囲からは「キ○ガイ」とFourLetterWordsで評される超情熱的な厩務員です。
そんな志村喬が手塩にかける3歳馬ハヤテは、素質抜群ながら気性難がたたって惨敗続き。スタート練習などで矯正を試みたもののブレイクの気配はありません。
そんな状況に業を煮やした馬主はハヤテの売却、転厩を決めてしまいました。
愛馬との絆を引き裂かれブチ切れた志村喬は、なんと厩舎からハヤテを強奪。貨物列車を自腹でチャーターし生産牧場のある福島へ連れ去ります。
ちなみにこのトンパチ事件のスタート地点は東京競馬場の最寄り駅でありJR貨物の重要ターミナルでもある府中本町駅。
その絵に描いたようなローカル駅っぷりから現在の隆盛は想像できません。
福島で人馬一体の再出発を期す志村喬。
ある日ハヤテが牧場の柵をヒョイッと飛び越えたシーンに着目し、すぐさま平地から障害への転向を決意します。
誘拐事件を起こしてまで出した結論が障害転向…。
その行動力は評価すべきでしょうが、何とも人騒がせなガチンコ厩務員です。
府中に戻った志村喬は馬主に詫びを入れ厩舎に復帰。さっそくハヤテに障害飛越の訓練を施します。
ハヤテは幼少期の水難事故のトラウマで水濠障害が苦手な様子。
その辺の事情も把握済みの志村喬は自ら水濠に飛び込んでズブ濡れになるなど熱血指導を敢行しました。
黒澤映画の主要キャストでもある名優・志村喬。
馬を曳く姿や、脚部を気遣う佇まいなど本職と見紛うほどのクオリティです。
特に関心したのはジョッキーの騎乗を補助するシーン。
パドックでよく見る光景ですが、志村喬のそれは本物のベテラン厩務員とほぼ変わらない自然な動き。役者として段違いのスキルを見せ付けました。
志村喬との二人三脚で初戦に臨んだハヤテは、懸念された水濠障害も難なくクリアして2着をゲット。障害馬として幸先の良いスタートを切りました。
ちなみにJRA全面協賛だけにレースシーンは充実。
生垣への接写などは現代の競馬中継でも取り入れてほしいもんです。
何とも味わい深い55年前の東京競馬場パドック。
無人のパドックでレース結果を待つのが若尾文子のゲン担ぎのようで、その結果ファンには堪らない貴重な映像が残されました。

この映画のメインレースは中山大障害。
初戦2着の後どういったステップを踏んだのかは不明ですが、ハヤテもこの伝統と格式の大レースにエントリーしました。
ここから舞台は中山競馬場へシフト。
レースどころか馬場内事務所での出馬投票シーンから描き入れるという相当な気合いの入りようです。
なお、ハヤテは事前入厩せずに当日輸送でレースへ向かう事になりました(調教師とJRA職員の会話から判明)。
もちろんレース当日もそこまで必要かって感じの詳細描写が連発。
ジョッキー整列から本馬場入場、返し馬まで、大レースへ向けテンションを上げていきます。
G1レースでお馴染みの鼓笛隊パレードは中山大障害のステータスを表すシーン。
今は冷遇されがちな障害戦ですが、春と秋の大障害(グランドジャンプ)ぐらいは盛大なお祭りレースにしてもいいのではないでしょうか。
パドックが本拠地の若尾文子のおかげで中山のパドックも丁寧にカットイン。
府中もそうですが出走馬とオッズの掲示板は今の半分以下のサイズでしょうか。
枠連と単複しかなかった時代とはいえ、ずいぶんとシンプルなつくりです。
スタートからゴールまでカメラを何台駆使したのか、大障害のレース本番シーンはド迫力の一語です。
大竹柵や赤レンガ大生垣といった鬼畜ギミックに尋常でないアップダウン…。
テレビ中継では映り切らない中山4,100m襷コースの凄まじさが手に取るように伝わってきました。
ハヤテはゴール前の差しきりで大障害を制覇。直前入厩も含めた志村喬の英断がめでたく実を結ぶ大団円となりました。
勝利ジョッキーは我らが探検隊長・川口浩。
レース後のちょっとくたびれた騎乗姿勢など、本物のジョッキーとほぼ見分けがつかない名演です。

競馬ファンなら絶対に釘付けとなる90分。全てのシーンが興味と郷愁を誘います。
逆に言うと、競馬を知らない人は90分見てもさっぱり面白くなかったのではないでしょうか。
トキノミノルの馬主である「大映」永田雅一氏とJRAの蜜月が生んだマニアックな傑作。
この手の映像作品は歴史考証の資料としても後世に残るのでとても有意義です。
そういう意味では今の時代でもどんどんチャレンジするべき。まあ「G1DREAM」みたいな糞ドラマになるのが関の山でしょうが…。