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2014/11/05

プロレスクラシック(21)ハンセン,ブロディ初来日&鉄の爪一家特集

録画した日〔2013/7/1:日テレG+〕

超獣コンビとエリック一家の特集。
両軍はいちおうテキサスつながりとなります。
昭和50年10月の大阪野外大会(万博公園お祭り広場)。
初来日のスタンハンセンは、日本が誇るプロレス文化「花束嬢」にデレデレニヤニヤを隠せません。
後に来日回数を「131」まで積み重ね、日本人の奥さんまで娶っちゃうほどの親日家っぷりは、この秋の日の原体験によって形成されたものと断定できるでしょう。
ハンセンの相方はカウボーイギミックの兄貴分・ボビージャガース。対戦相手は馬場さん&アントンヘーシンクの全日正規軍です。
なお馬場さんのセコンド・大仁田厚は、16年後このお祭り広場で「有刺鉄線バリケードマット地雷爆破デスマッチ(vsミスターポーゴ)」をブチ上げる邪道流立身出世を果たしました。
ヘーシンクのへなちょこ逆エビでギブアップしたハンセン。
鳴り物入りの柔道世界一とテキサスから来た変な髪型の大男。
後のレジェンドにとっては黒歴史でしょうが、昭和50年時点のパワーバランスからすると至極当然の決着です。

ハンセン初来日シリーズの締めは、後に幾多の伝説を刻み込む事となる蔵前国技館。
「前座の試合から熱気でムンムン(by倉持アナ)」という絶好ムードの中、ザ・デストロイヤーとのチャレンジマッチが組まれました。
この日のハンセンの役どころは声の大きなガサツ系面白ガイジン。
半ズボンのちびっ子がビックリして逃げまわるマス席雪崩れ込み芸は、スモウアリーナ蔵前における必須ルーチンです。
ビッグネームとのシングル戦に燃えるハンセンでしたが、テキトーにイジられた末に必殺足四の字固めで高速タップ。
これは白覆面の魔王が授けたプロレス的洗礼。
「まだまだ荒削り、スピードに難がある(by東スポ山田さん)」と評されたグリーンボーイにとって、未来への確かな糧となったでしょう。
試合後にはミニコントで初々しい尻出し芸も披露したハンセン。
日本プロレス史上最も偉大な外人レスラーのファーストステップは実に平和。ほのぼのとその幕を閉じました。

昭和54年1月5日、ピッチリ真ん中分けのカーリーヘアで川崎市体育館に降臨したブルーザーブロディ。
平々凡々だったハンセンとは異なり「未だ見ぬ強豪」「待望の初来日」と箔を付けられての新春ジャイアントシリーズ参戦です。
ブロディをお出迎えするのは馬場さん&デストロイヤーの日米看板タッグ。
参謀役はギミック面の師匠・キングカーティスイヤウケア、更にロッカールームにはダラス地区の大ボス・フリッツフォンエリックが控えるという、次代の外人エースに対して万全の支援体制が敷かれています。
既にトップレスラーだったブロディは、ワンハンドゴリラスラムなどの定番ムーブを惜しげも無く披露。
しっかり動ける超ヘビー級。
これから先、日本の大ボス・馬場さんから寵愛を受けるのは間違いありません。
そんなこんなで全方位的プッシュを受けたブロディは、なんとアトミックドロップからキングコングニーの殺人フルコースで大ボス馬場さんからピンフォール勝ちをゲット。
まさかの結末にザワザワが収まらない川崎市体育館。正月ボケも吹っ飛ぶ「ブロディ革命」勃発の歴史的瞬間です。

飾りっけのないオレンジ無地Tシャツが一層の凄みを醸し出す鉄の爪・フリッツフォンエリック。
昭和50年7月19日の長野スケートセンター大会で、全日の若大将・ジャンボ鶴田との3本勝負を迎えました。
この日のフリッツの関心は解説席に陣取る馬場さん。ジャンボそっちのけで激烈な睨み合いを展開します。
それにしても襟首ヨレヨレの白シャツを赤パンに直接inする馬場流コーデはトホホの一語。ファッション対決ではフリッツの完勝です。
馬場さんに夢中で1本目をポカしたフリッツですが、スパン32cmから繰り出すアイアンクローで徐々に試合を掌握。
コメカミを潰されてるのになぜか額のド真ん中から大流血するジャンボは、血の海の中あえなくレフェリーストップ葬を食らってしまいました。

長野で着火したフリッツvs馬場さんの因縁は7.25日大講堂決戦で爆発。
ゴング前からエキサイトする鉄の爪フリッツは、レフェリー・ジョー樋口をアイアンクローで捕獲、そのまま場外ポイ捨てという非情な殺人ムーブを敢行します。
私の知ってるジョー樋口ならこの時点で失神KO無効試合なのですが、この日は何事も無かったかのように元気にレフェリング。
マードックとか言うサブレフェリーと2人で地獄のテキサスデスマッチをコントロールします。
ちなみに「テキサスデスマッチ」とはKOかギブアップのみで決着する反則自由の決闘ルール。
名前からして十八番試合と思われたフリッツでしたが、脳天唐竹割りの連打を食らうなどして場外失神KO。
16分に渡った血みどろの死闘は馬場さんに軍配が上がります。
殴って蹴ってからのチョップvsアイアンクローという原始的コンボだけで日大講堂を沸騰させた2人。
稀代の名ヒール・フリッツはもちろんの事、王道を行く馬場さんも抜群のデスマッチ適性を見せてくれた侠気溢れる名勝負でした。

いかついテキサス親父・フリッツとは雲泥の差のイケメンに育った「エリック兄弟」=ケビン&デビッド。
昭和56年6月の秋田大会では鶴田&天龍とのタッグマッチが組まれました。
ただ、イケメンはイケメンでも弟・デビッドは雰囲気イケメンの類か。
豪快な体躯も含めてよくよく見れば親父さんにそっくり。
だからこそなおさら3年後の早逝が悔やまれる、未完のスーパースターです。
試合はドロップキック1発でジャンボが兄・ケビンからピンフォール勝ち。
絶賛売り出し中のエリック兄弟、海外武者修行帰りの相方・天龍と比べるとジャンボは頭ひとつふたつ格上。ここは貫禄勝ちの範疇となります。

ハンセンの2試合のように、当時はなんでもなかった映像が時間を経ることで重要な「クラシック」に昇華する…。これぞアーカイブの本質ではないでしょうか。
そんな“なんでもない”お宝は無限にあるはずなので、今後も続々と放出される事を期待したいと思います。